私が中学生だった頃、美術の時間が好きだった。
先生がとてもかっこよかったから、というのもあったけれど、本当に変わっていたから。
いわゆる先生らしくない先生。
ゴッホの耳のない肖像をよく描いていた。
なので、私は美術に勤しんでいたわけだ(青いなぁ)。
ところがある日、電車通学していた私は、乗った電車にスケッチブックを忘れてしまった。
その電車のいきつく先が「柳ヶ浦」で。何故そんなに遠い(笑)。
駅に電話するも発見されず。結局、新しいスケッチブックに美術の課題を描きなおした。
そのことが本当にショックでいまだに「柳ヶ浦」と聞くと、「ああ、私のスケッチブック・・・」と思いだされる。
今日、その柳ヶ浦がでてきた。
あぁ、そうか。清経はこんなに遠いところで入水自殺をしたんだなぁ、となんだか親近感がわいたのであった(笑)。
大濠公園能楽堂にて能をみてきた。新年初の能は「鷹の会」という鷹尾ご兄弟が年に二回開いている会。
今年で十周年になるという記念の年で、能が2番でた。
最初に解説が兄さんのほうからあり、弟さんはすぐ支度があるので挨拶のみで。
兄の解説は初めてみる人にも分かりやすく、見どころを押さえてくれていたので、よかった。
弟さんが主役を務める「清経」。いわゆる武将もの。殺戮に手をそめたので死んで修羅道に落ちる。なのでジャンルは修羅物といわれる。
しかし、どこか雅で艶っぽく、あわれを感じるのは、この武将が生前笛の名手だったこととか妻の夢枕にあらわれたりするからなのだろう。
その、笛の名手であることの表現に、今回は小書で「恋之音取」とあった。とても重たい。小書とは特殊演出のことらしい。
初めてこの演出を見れば、何がどう凄いの?と思うかもしれないが、明らかに凄いと思う。だって笛方が舞台の方に出てくるのだから。
それはどういうことなのか。
笛の音に導かれるように幕の内から橋掛へ、橋掛から舞台へ。
もう、それはそれは、「早くでてきたらいいのに!!」とどきどきするような気の長さで。
笛の音が止まると動きも止まる。やー、思いが深いよ。
ともかくこの能だけで満足だったのに(笑)、「石橋」もあり。
あるラジオのパーソナリティーが「いしばし」と読んでいて後で訂正されていたが、「しゃっきょう」なんて読めんよなぁ。
「清経」の「この世とても旅ぞかし」という謡がとても耳に残る。
ちなみにわが町に「清経塚」があるんだな。。。